哲学を考えることと大学教育 


今日、目についた情報の一つ、

フランスのいわゆる大学入試であるバカロレアの哲学の問題。

全国一斉試験に哲学があるというのがかの国らしいですが、

その問題を見て、現在の大学教育をいろいろ思ふ・・・。

以下、2015年のフランスのバカロレアの哲学の問題。

 

★バカロレア試験問題(文系)

 

テーマ1:あらゆる生物を尊重することは倫理的な義務であるか?
(Respecter tout être vivant, est-ce un devoir moral ?)

テーマ2:人は自らの過去の所産なのか?
(Suis-je ce que mon passé a fait de moi ?)

テーマ3:以下のトクヴィル『アメリカのデモクラシー』の抜粋を説明せよ。(略)
(explication de texte de Tocqueville extrait de De la démocratie en Amérique)

 

★バカロレア試験問題(理系)

テーマ1:どんな芸術作品も何らかの意味を持つか?
(Une oeuvre d’art a-t-elle toujours un sens ?)

テーマ2:政治は真実の要求を免れ得るか?
(La politique échappe-t-elle à une exigence de vérité ?)

テーマ3:以下のキケロ『予言について』の抜粋を説明せよ。(略)
(explication de texte de Cicéron extrait de De la divination)

 

★バカロレア試験問題(経済・社会系)

 

テーマ1:個人の意識は自らの所属する社会を反映したものでしかないのか?
(La conscience de l’individu n’est-elle que le reflet de la société à laquelle il appartient ?)

テーマ2:芸術家の生み出すものは理解可能か?
(L’artiste donne-t-il quelque chose à comprendre ?)

テーマ3:以下のスピノザ『神学・政治論』の抜粋を説明せよ。(略)
(explication de texte de Spinoza extrait du Traité théologico-politique)

 

 

大学では、公衆衛生、地域保健を担当しています。

その中では、ヘルスプロモーションやプライマリ・ヘルスケアなど健康戦略や、

健康教育の技法といった技術を伝える部分も多くあります。

伝えれば伝える程に、根底にある、社会への貢献を思いますし、

ひいては、そのさらに根底にある、どう生きていくのかといったフィロソフィーにも到達するのです。

 

保健、健康支援にかかわるとはどういうことか、を正面切って、

学生に考えてもらうことが必要なのではなかろうかという想いも強めています。

つまり、どのような人材を社会に輩出するのか、ということにもつながるからです。

「看護」「看護」と辟易気味だった自らの学生時代を思い出すと、

人材育成に必ずしも看護を舞台に考えることが必要というわけでもないでしょうけれど、

とはいえ、少なくとも、専門課程を経て社会に出るのであれば、

多少はその分野の核となることを考えた人になることは求められるのであろうと思います。

それは、きっと他の分野に行っても、何らかの役に立つと、ちょっと変わった経歴を持つ教員として思うのです。

 

大学生と接していて、意見を発言することが苦手な学生や、

レポートでも「論じる」ことが苦手な学生が多いと感じていますが、

それは、この今の大人社会の帰結でもあるわけで、学生の責任では無かったりするのですよね。

では、大学の基礎課程をどう提供するのか、ということになるわけで、

人文系廃止が適切なことかははなはだ疑問を感じつつ、学生レポートを読んでいます^^;;

 

2015年のバカロレアの紹介はこちらの記事を参考にさせていただきました。

バカロレアの問題は、SOCIETASの記事から引用させていただいております。

フランス在住の方のブログ:http://frenchcodeblog01.blog107.fc2.com/blog-entry-893.html

societas(ソキエタス):http://societas.blog.jp/1031212143