性的虐待・性暴力を学ぶ前に何が必要か


みなさま、こんにちは。

 

先日、山梨県立大学人間福祉学部の西澤哲先生へのインタビュー記事を読みました。

その中に、書いてあったことに、大きくうなづく思いがしたので、ご紹介します。

 

ひとつは、

『・・・施設の中で子どもの性暴力加害・被害の問題が生じると、
施設の対応としては、性教育委員会のような組織をつくって子どもたちに性教育をしましょうとなりますよね。

しかし性の形を取っているけれども実は暴力の問題であって、それを性教育で何とかしようというのには無理があるのではないかと思っています』

ふたつめは、

西澤先生が卒業したサンフランシスコ州立大学には、

『セクシュアルアビューズ(性的虐待)のクラスがありました。そのクラスを受けるためには前段階でセクソロジーの講座を受けなければなりません。』

そのセクソロジーでは、障害者や高齢者のセックスなどのビデオを見たり、自分のセックスヒストリーをグループディスカッションで話すなど、

『性や性の問題をオープンに話すような場を経なければ、セクシュアルアビューズの授業を受けることができないんですよ。日本でも子どもたちの性の問題にきちんと向き合おうとするならば、自分の性の問題にもしっかりと向き合っておかないと対応できないのではないかと思っています。』

 

これらは、性を専門的に学ぶ側に向けてのインタビュー内容ですが、

翻って、子ども達、若者について思うと、

同じようなことが言えるようにも思うのです。

 

常々、「性」が絡むと、何でも性教育が足りない、と言いすぎるのでは、

と思っていました。

ものごとの本質を抑えることが必要です。

また、

今では、性暴力やDVへの教育を取り入れている学校もあります。

それらは、外部の講師を招くことが多いようにとらえています。

その際に懸念してきたことに、

子ども達・若者たちの中には、性被害や近親間での性的虐待の経験がある子もいることや、

セックスをイメージだけでとらえている子どもが、

いきなり性=セックスによる被害を学ぶ、ということです。

物には順序というものがあるわけで、

そもそも、「性」を「性行為」に閉じ込めたかのような教育は、適切とは思えないからです。

「性」には、自分の根幹となる性自認や自己効力感、

自分とのコミュニケーションや他者とのコミュニケーション、

そして、性行為のいい面、そうでない面、気をつけるといいこと、

安心して性行為をするために学ぶといいこと、

個を尊重することと性、

ライフプランに関わる性、性のダークな面と利用されてしまう面、

など、包括的に学ぶ必要があると考えます。

 

そのうえで、ダークな面、利用されてしまう面として、

性被害やDVへの学びや対策があるのではないでしょうか?

これには、コミュニケーションも大きく関わりますから、

対人関係力や自己肯定感、自己効力感も大きく関わります。

 

いやいや、今の子どもたちは危険にさらされているんだよ、

という懸念や心配があるのはわかります。

ただ、ポピュレーションアプローチの考え方は必要なのではないでしょうか?

こんな風に考えているので、西澤先生の論にもうなづくわけですが、

みなさまはどんなふうにお考えになるでしょうか?

 

では、また。